最近、ブログのコンタクトフォームから移住に関する問い合わせをよくいただきます。やはり私たちが家族連れで移住をしたこともあってか、お子さま連れでの移住を検討されているという方からから比較的多く送られてきます。

もともとこのwebサイトを作ったきっかけは、私たちと同じようにオーストラリアへの移住を考えている人への情報提供と思っていました。自分たちが数年前に移住を考えたときにネット上で「家族移住」という情報を殆ど見つけることが出来なかったので、その情報を発信できる立場になった私が発信しなければ、という思いがありました。

でも実際のところ、移住に関するハードルは実際に体験した者からして、とても高くて険しいものです。正直言って私たちが永住権までたどり着けることが出来たことは「信じられないほどの出会いの運の強さ」みたいなものがあったと思っています。

そう考えると無暗に移住を勧めるような情報発信は出来ない、という風にも考えたりもしました。ただ、ツイッターである方より「勧めるかどうかは置いといても体験記だけでもあれば参考になるという人はきっとたくさんいると思います!」という風に言われ、確かにそうだな、と思いました。なので、あくまで移住体験記として、ボチボチ書いていこうと思っています。

海外移住のことを考え始めた頃

私は2013年にここオーストラリア・パースに移住してきて、ちょうど5年半ほどが経過しています。5年半というと、小学1年生が小学6年生に、中学1年生が高校3年生になるかと思うと長い年月ですね。
私が海外移住を検討し始めたのは、2012年の11月くらいです。当時16年勤めた都内の会社を辞め、香川県の高松市に引っ越してきて、次はどうしていこうかと考えていた時期でした。最初はもちろん地元高松で再就職をする、あるいは就職ではなく起業してみることを検討しました。

高松市のハローワークにも行ってみました。私がやっていた仕事はIT関係だったので、技能職として就職口もあるかと思ったのですが、ITの中でもちょっと特殊な分野のため、求人情報を見てみてもなかなか就職先がすぐ見つかるような雰囲気でもありませんでした。

また、このころアレルギー症状がひどく、なかなか通常の生活をするのが難しいくらいの状態でした。そんな中、無謀にも海外へ行ってみることも検討し始めました。

海外のことを考え始めた理由はいろいろあります。
少子高齢化の問題
自然災害の問題(地震・津波・台風・火山)
原発事故の問題
子どもの教育問題
政治の問題

根本的な解決方法のないもの、どうしても避けられないもの、当時の日本はいろいろな問題を抱えているように思えました。でもほとんどのものは5年経った今も変わっていないように感じます。自分がここでもう一度生活を立て直そうとしても、自然災害や政治の気まぐれなどで失われてしまう可能性も考えました。そしてもっと先、自分の子どもたちが大人になるころ、これらの問題がどうなっているか、良くなっている未来はあるのか、そんなことを考えたりしました。

もちろん、海外へ行くことのリスクについても考えました。自分たちは海外へ行った経験もほとんどなく、普段から外国語に触れるような仕事をしていたわけでもありません。そんな言葉も十分に理解できない状況で海外へ行くこと自体も大きなリスクだと思いました。海外で居住するにはビザが必要ですが、ビザを取る、ということも容易ではないようです。学生として過ごしている間は学生ビザで滞在ができますが、その後、その国で過ごすためには永住権やワーキングビザが必要になります。

主にインターネットで移住情報、永住権の情報などを調べて回りました。私が日本語以外の言語で、少しでも出来ると言ったら英語くらいなので、英語圏で移住が検討できるところを中心に検討を始めました。東南アジアも最初の頃は検討していて、値段の安さには惹かれるところがありました。ただ、子どもの教育の部分でちょっとネガティブな情報が多く、候補からは外しました。

結局、英語圏のオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが候補に挙がってきて、カナダは気候が厳しすぎる(寒いの苦手)とか、ニュージーランドは環太平洋火山帯に属しているので、日本と同じく地震や火山などのリスクが決して小さくない点、などからオーストラリア一本に絞って検討を始めていました。

オーストラリアは、移民を積極的に受け入れている点から少子高齢化の問題は当時はまだ顕在化していませんでした。オーストラリアプレートのど真ん中に乗っているため、地震は数えるほどしか起きません。東海岸は環太平洋火山帯に面しているため津波のリスクはありますが、西海岸はそれもほとんど考慮しなくて大丈夫そうです。プレート境界から距離があるので活火山もありません。

オーストラリア西海岸のパースという街は、世界一美しい街と呼ばれるほどで、気候が穏やか、南極からの風が吹くので空気もキレイ、他の都市と隔絶している、という特徴があり、私たちは移住には最適、と判断しました。

海外移住に動き出した頃

海外移住ですから、どうしても避けられないのが英語です。週1回、とりあえず英会話教室に通い始めました。そして、オーストラリアではIELTS(アイエルツ)という試験が英語の評価に使われるらしい、ということを知り、日本でもこのテストが受けられるのかを調べました。たまたま高松から電車で1時間ほどの岡山大学で、2013年の1月にテストがあるということを知り、すぐ申し込みをして、練習問題を買いに行きました。

IELTSって、リーディング、リスニングだけでなく、スピーキングやライティングのテストもあるんですよね。ライティングは英作文を1時間で二本。スピーキングはテーマをその場で与えられ、それついて(もちろん)英語で2分間話すという部分があり、「出来るわけない!」と目先が真っ暗になったのを覚えてます。

それでもしどろもどろになりつつもテストは頑張りました。テストの結果はそれほど良いものではありませんでしたが、それでもこのテストを受けていたことで留学の手続きが多少スムーズだったことは確かです。実力を試してみることをお勧めします。(個人的には日本で受けるIELTSの方がスピーキングの採点が甘い気がします)

移住に関しては、日本のエージェントに相談しました。なにもわからなかったため、プランニングから、子どもの学校のことまで、いろいろとお世話になりました。その分びっくりするくらい料金も高額でした。もし留学だけと考えたらオーストラリア現地のエージェントならもっともっと費用を節約できたかなと思いました。ただ、家族移住となるとこどもの学校のこともあらかじめ準備しておく必要がありますし、スーツケース一つで移動するワーホリとは違い、日本からオーストラリアへ「引っ越し」となると現地のエージェントではサポートが難しい部分もある思うので、どっちもどっちですね。

プランニングは最初に私が学生としてオーストラリアに留学に行き、家族もそのビザに同伴するような形を取りました。英語学校とビジネス学校、トータルで1年の予定でした。その後、「どこかに就職できるように頑張れ」と。

自分としては移住に関する情報をいろいろ調べてから来たつもりではいましたし、エージェントとも移住のプランについて、いろいろと話し合ってはいたのですが、実際のところは移住してきてから知ったことがほとんどという感じでした。特にワーキングビザ、永住ビザの獲得のハードルの高さについては日本を出たときにはほとんど分かっていない状態で、自分でも呆れるくらい無謀な賭けに挑戦したな、と思うくらいです。

当時の私は「大変だろうけど努力してなんとかする」という風に思っていました。本当に何もわかっていませんでした。実際のところは英語の学習を始めて半年でネイティブのように英語が話せるようになるわけもなく、そんな英語もロクに話せもしない人をビザを出して雇ってくれるような会社など殆ど無いわけです。本当に努力でなんとか出来るレベルの状況ではないんです。

それでも私たちは覚悟を決めて、橋を焼いてオーストラリアにやってきました。2013年4月、私たちのオーストラリア生活、永住権への挑戦は始まりました。

*冒頭の写真はオーストラリアで最初に住み始めた家の前で撮ったものです。

出発編2へ続きます。。